日記

僕の人生年表、その1

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僕の人生年表、その1


1977年
父親ブルーカラー職の貧乏家庭に生まれる。

小学生以下の記憶はほとんどない、幼稚園に通っていた記憶がかすかにある。

1980年代
12歳ごろの小学生までは友達と普通に遊ぶ子供だったが、基本無口で根暗。
ファミコンが大ブーム、ミニ四駆やビックリマンが流行る。
少年ジャンプでドラゴンボールが大人気、同級生男子のほとんどはジャンプを読んで毎週ドラゴンボールの話で盛り上がる、そんな少年時代。

 

ちなみに上2つのリンク先記事は、昔ゲームサイトを運営していたころの記事をこっちにインポートしました、そのサイトはもう閉鎖しましたので。

1990年ごろ
13歳~15歳の中学生時代から地獄の始まり。
実はサッカーをしていたがすぐ辞める。
スクールカースト最底辺に位置し、友達はいなくなる。
友達がいないので家で一人、スーパーファミコンをしたりアニメを見たりして過ごす。
セーラームーンが放送開始した頃でだんだんとオタク度がアップしていく。


イジメのターゲットにならないか怯えながらビクビクしながら生きていた。
不良から、からかわれたり軽いイジメを受けるも何とか耐え忍ぶ。
学校に行くのがイヤで、毎朝お腹が痛くなり母親といつもケンカして1週間に1回は休むようになる。

中学3年になると出席日数ギリギリ状態になり、授業に出ないので勉強も全くついていけなくなる。
不良ばかりの最底辺の高校しか行けなくなり、更なる地獄が始まる。

1993年ごろ
16歳になり最底辺のDQN高校に進学する。
多分、40年間の人生で一番つらかったのがこの時期だと思う。
不良がほとんどの割合を占めるこの高校で、自分のようなタイプの生徒は格好の標的になった。
学校でイジメにあい、毎朝お腹が痛くなり親とケンカして無理矢理に学校に行かされる毎日。

夜になると朝になるのが怖くて寝れない、学校でも家でも気の休まる日は無かった。
本気で自殺を考えた、その後の人生を考えるとこの時に自殺して楽になったほうが良かったかもと思う事もある。


つづく

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