日記

僕の人生年表 その4 ニート脱却編

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2000年
1999年のノストラダムス大予言が外れた。
どうせ1999年に死ぬからニートでいいやって少し思ってたけど裏切られた。


この頃は20歳も過ぎたしアニメをほとんど見なくなっていた。
兄が就職で家を出て最新ゲームもできなくなった。
毎日が退屈で精神的に鬱病っぽくなっていた、外に出る勇気は相変わらず無かった。

だけど、ボクのニート生活に転機が訪れる。
2000年初頭、母親が子猫を拾ってきた、ボクが21歳の時だったかな。


ウチは団地で猫は飼ってはいけないのでボクは母に外に戻すように言った。
ボクは猫なんて好きでもなかったし興味もなかった、トイレや餌とか面倒なだけ。
でも母は無理矢理飼う事にした、もしかしたら母も精神的に疲弊していてペットに癒しを求めていたのかもしれない。

この猫を飼う事がキッカケになりボクの精神状態も良くなっていく。
ニートなので一日中家にいるから、猫とずっと一緒に遊んでいた。
追いかけっこやかくれんぼ、ぬいぐるみを使ってのプロレスごっこなど。


ボクと接する時間が一番長いので家族の中で一番なついた。
後ろでトコトコ歩いてついてくるし、寝る時も添い寝してくる、本当にかわいい。
ボクの人生で初めて本当の友達や兄弟ができたようだった。
アニマルセラピーとはこういう事なのかなぁ。

猫を飼い始めて3か月ぐらいだったか、ボクの性格は少し明るく前向きになっていた。
働く気持ちは以前からあったので求人のチラシなどはずっとチェックしていて、求人情報を見るたびに中卒じゃ厳しいと思っていた。
そして、大学入学資格検定を受けようと決意する。
ボクは思い切って母に大検を受験したいと話した、母は喜んでくれた。


この時代の大検は年1回の夏に試験があったので、2000年度受験するには猶予3~4か月ぐらしかなかった、もう無駄に歳を重ねたくなかったから来年まで待てなかった。
時間が無かったので大検と大学受験併用の予備校に通おうと思い、予備校に電話して面談を受けることになった、最初に電話するときは手が震えた。
この行動はボクにとってはとても勇気がいる決断だった、この少しの勇気が今まで無かった。


母に電車賃などを貰い、電車に乗り予備校の面談に向かった。
電車に乗るのは高校中退して以来6年ぶりぐらいで、とても緊張した。
駅の人混み、電車内では学生たちが楽しそうに話をしている。
この時、ボクは怖かったけど少しうれしかったのを覚えている、また戻ってこれたんだと・・・


予備校について面談をした、とても優しい先生だった。
この予備校は大検も兼ねてるので、ボクのようにイジメでドロップアウトした人も多いようだ。
是非、すぐ通うようにと勧められた、けれど授業料が高かった・・・
取りあえず親と相談しますと言って、そそくさと帰ってきた。
帰りの電車の中でウチは貧乏だから無理だろうなと諦めてた。

家に帰り母にパンフレットなど授業料を見せた。
母はお金の心配はしなくていい、通っていいよと言ってくれた。
ボクは予備校に電話して通う事を伝えた、長いニート期間を脱却して一歩踏み出した。


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