日記

僕の人生年表 その5 予備校の人間関係編

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2000~2001年ごろ
予備校に通う事が決定して、初登校日は緊張してまともに眠れなかった。

初日、不安と緊張とちょっぴりの期待を胸に予備校へ向かった。
予備校は駅近くの結構な都会のビル内にある。


まずボクは大検の授業を受けなければならない。
大検の生徒はパっと見て16歳~18歳ぐらい全員が若い生徒達で、20歳を超えてるのはボクだけのようだった。
オタク系のイジメられっ子ぽい子や、不良のような生徒、当時流行ったルーズソックスをはいた子ギャルのような子もいて様々な生徒がいた。
男女比率も丁度5:5ぐらいだった。

前回書きましたが、イジメを受けて高校を辞めてこの予備校に通ってる生徒もいるので先生達はイジメに関してはかなり敏感でいつも教室を見張っていた。
その甲斐があってか、ボクが通学してた間はイジメを目撃した事は無かった。

予備校なので新学期とか関係なく頻繁に生徒が入ってくるので、前に出て挨拶とかは無く適当に空いてる席に座って授業を受けた。
そして、休憩時間やお昼休みになると何人かの生徒に話しかけられたりした。
童顔だから同年代と思われたのか?結構年齢は離れてるのにため口で気さくに。



ずっとイジメられて6年間ひきこもっていたので、緊張してまともに話すことはできなかった。
コミュ障の本領発揮である。
しかも、女子から話しかけられるなんて人生でほとんどなかったし。
初日の昼休みには、先生と生徒たちから一緒にお昼ご飯を食べようと誘われたけど、何を話せばいいかわからないのでキョドリながら「横のデパートで食べますので」と逃げるように外へ出た。


この初日の大失態は予備校を卒業するまで尾を引いた、卒業までずっと昼休みは横のデパートで時間を潰すハメになった。
毎日お昼ご飯をデパートで食べるお金もないし、予備校で皆とお弁当を食べる勇気もなかった。
同じ予備校の生徒と昼休みに横のデパートでバッタリ出くわすと、とても気まずい思いをした事も多々あった。
なので、昼休みのデパート内でもドキドキしながら移動したり、トイレに籠ったりしていた。


人間、第一印象が大事であると痛感した。

一週間ぐらい経つ頃になると、誰からも話しかけられない状態になった。


この事は、今振り返ってもスゴイ後悔しています。
もっと勇気を出して話しかければ良かった、本当は初日に話しかけられてとても嬉しかったんだ。
でも、どうやって返事していいかわからなかった、怖かった、臆病すぎた・・・

ボクより後に予備校に入ってきた生徒が、皆と仲良くしてるのを見て嫉妬したりもした。


それと、やはり年齢が気になっていた。
21~22歳の自分と16~18歳の子らとは話が合わないだろう、同年代の生徒がいればまた違ったかもなと思ったりもした。
予備校時代は、ボクが引きこもっていた6年間の時間の重さを思い知った。
高校を辞めたのは仕方がなかった。
でも、もっと早く予備校に通うべきだったと16歳ぐらいの生徒たちと一緒に勉強をしながら毎日後悔していた。

 

あと、6年ぶりに現実世界に戻ってきて一番驚いたことがある。
それは、みんな携帯電話を持っていることだ。
ボクがニートになる直前はポケベルが流行りだした頃だったのに。
予備校でも、携帯電話を持っていないのはボクだけのようだった。
一番年上のボクが持っていないのがとても恥ずかしく思えて、仲良くなって携帯電話の番号を聞かれたらどうしようとか考えると、尚更話しかけられなかった。


結局、予備校には2000年4月頃~2001年3月頃まで通ったけど一人も友達はできなかった。
なので、予備校時代も結構つらい日々を送っていたけど、イジメは無かったから高校時代よりはずっと良かった。

原因のすべては自分のせいです、もし時間を戻せるならやり直して友達を作ってみたかった。
ちょっと気になる女子もいたんですが、もちろん一言も話す事はありませんでした。

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