日記

僕の人生年表 その7 大学受験編

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2000年~2001年
夏の終わりごろ、運転免許も無事取得できた。
予備校の先生に大学進学を進められたけど迷っていた。
ウチが4年間も大学の学費が払えるとは思えなかった。

大検は大学入学資格検定なので学歴が高卒になるわけじゃない、現在は高等学校程度卒業認定試験と名前を変えて高卒と同じ扱いをするようにと国は言ってるが一般的にはあまり認知されていない。
大検を取っても中卒扱いされる可能性が高いので、もし行けるなら大学にどうしても行きたくなった。
キャンパスライフに憧れもあったし、中卒の僕にとっては夢のような話だった。

ボクは思い切って母に大学進学の話を切り出した。



母はまさに「え・・・」っていう聞いてないよ・・・みたいな表情を見せた。
喜んでくれるかもと少し期待してたけど、この表情を見てウチの経済状況は把握できた。


やんわりと否定された気持ちになった。
予備校の授業料や運転免許の費用なども払ってもらってるし、父とはほとんど会話が無く険悪な関係だしやっぱ無理かと思った。

夜に緊急家族会議が行われた。


ちなみにウチの両親はどちらも高卒で、兄も高卒です。
こういう底辺家族にとって大学進学は人生設計に入ってないようだ。
両親とも大卒でちゃんとした企業に勤めている家族だと、こういう事はないんだろうね。

ボクは落ち込んだ、わかっていた事なのに「もしかしたら・・・」という僅かな期待も持っていたから。
こんな事なら、大学進学を進められなければよかったよ。
その気になった自分が哀れだと思った。

後日、予備校の先生に経済的理由で大学進学は諦めることを伝えた。


奨学金を進められた、色々な手続きの仕方や書き方なども教えてもらった。
さすがに予備校ではこういうのに手慣れていた。
ネットがまだ一般に普及し始める前の時代だったし、自分一人じゃ手続きとかわからずに諦めていたかもしれない。
親に奨学金で行く旨を伝えてOKがでた、予備校にも引き続き通う事になった。

当初は学費の安い国立大学を目指していたけど、既に9月に差し掛かっておりあまりにも試験まで時間がなさすぎた。
ボクの学力で5教科は無理があった、もう一年猶予があれば良かったけど年齢を重ねるのがイヤだったから、できる限り早く大学入学して卒業したかった。
なので、3教科で受験できる私立大学一本に絞って勉強した。

そして、立命館大学経済学部に合格した。
人生で一番うれしかったのはこの時だと思う。


そして、2001年の3月になり予備校を卒業することになった。


どうやら希望参加で形式的な小さな卒業式を予備校の一室でやるようだ。
この予備校はクリスマス会とかイベントごとがあったけど、ボクは勿論一度も参加していない。
友達なども一人もいなく、休憩時間も誰とも話さない黙々と勉強だけする生徒だった。
卒業式も参加するかどうか迷ったけど、最後ぐらいはキチンと出席しようと決意した。
ボクはこの予備校に感謝していた、ニートだった自分を大学進学までさせてくれたんだから。

だけど、僕の気持ちは卒業式で見事に裏切られる・・・・


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